紆余曲折な親子関係について Part 8「父親と再会」

毒親育ち

中学生になって、家庭環境は日を経つごとに悪化していきました。生活保護を受給していて、貧しい生活を送っていました。毎月ギリギリの生活費で、余裕が全くありませんでした。時には親戚に借りることもありました。
そして、家の中は本当に散らかっていて、足の踏み場が少なくなっていました。家の中には小虫が飛んでいたり、ゴキブリがよく出ていました。

そんな家庭環境でしたが、母は掃除をほとんどせず、節約することもなく、落ち着ける環境ではありませんでした。
勉強のしやすい状態ではなく、勉強をしていたら、そばで虫が飛んだりゴキブリが走ったりして、集中出来なかったです。
ずっと、流されるがままの生活が続いていました。

両親が離婚して1年と数ヶ月が経った頃、父から連絡があり、「久しぶりに会いたい」と言われました。これまで全く会っていませんでした。
一緒に住んでいた時に沢山嫌な目に遭わされたので、特に会いたいと思いませんでした。しかし、誕生日プレゼントを買ってくれると言うので、会いに行く事にしました。

会ったのは家から最寄りの繁華街でした。待ち合わせ場所へ、弟と電車に乗って向かいました。会うと父は涙ぐんでいました。弟も少し泣いていました。私は父へもかなりの嫌悪感があったので、感激は全く無く、涙は出ませんでした。

再会した後、プレゼントを買ってもらい、中華料理店へ行って食事をしました。色々と話しをしましたが、拙い話ばかりだったと思います。自分の近況を伝えましたが、家の中の状況などは言いませんでした。同情されたくなかったので、言いたくなかったのかもしれません。
食事のあと、父は母へお寿司を買い「これを渡して」と言われ、持って買えることになりました。

一緒に駅まで向かい、同じ電車に途中まで乗って、「また会おうな」と言われ別れました。
久しぶりに会いましたが、感激も余韻に浸ることもなかったです。

正月を迎え、親戚からお年玉を貰いました。お年玉はほとんど母に預けました。「生活費がないから、貸して」と言われ、私と弟のお年玉を預けました。
返してくれるんだろうなと思い、信用して預けたのですが、返してもらえる気配は全くありませんでした。「返して欲しい」と催促すると、「無理」だと言われ、「返してくれると言っただろ!」と言うと。「あの時は生活費がなかったから、必要だったの。あのお金であなた達も生活出来たんだから」と言われました。「お母さんが吸っていたタバコも、そのお金から出てたんじゃないの?」と言っても聞き入れてもらえませんでした。
「返してくれる」と言ったのに、嘘をつかれて悔しい気持ちになりました。この年以降は、何があっても預けないようにしました。

しばらくして、母は市役所のケースワーカーから、「少しでもいいから働いて欲しい」と言われたそうです。
母は体が弱かったのですが特に病気を患っていませんでした。そのため、市役所からすると、病気でないのであれば少しでも稼いで、月々の保護費を減らしたかったそうです。

「このままでは、保護費を打ち切られるのでは」と、母は感じて、パートを探すようになりました。近所で働くのは気が引けていたようで、家から徒歩と電車で約50分の所にある食堂で働くようになりました。

週3日くらいの勤務で、10時から15時くらいまで働いていたようです。ほぼ休まず勤務していました。今までは家事をろくにせず、よく寝転がっていたのに、働きに行っていました。「今までしんどいと言っていたのは何だったのだろう?」と不思議でした。

この間は、一応弁当を作ってもらっていて、弁当が遅くなって遅刻することはなかったように思います。しかし、家が散らかっている状態でパートを始めたので、家の中はそのままでした。「自分が片付ける」と言うと、「今度片付けるから、勝手にしないで」と言われ、ほとんど掃除出来なかったです。
今考えると母に従順になりすぎたと思いましたが、その頃は中学生で、そして母に知らぬうちにマインドコントロールされて、聞き入れるしか出来なかったと思います。

順調に働き始めたと思っていたら、3ヶ月後くらいで辞めてしまいました。原因は、店長の奥さんと意見の食い違いで衝突してしまったようです。その店長の奥さんは従業員から評判が悪かったようです。無茶な仕事を押し付けられる事が続いたようで、反論して半ば喧嘩になったそうです。

パートに行っていた数ヶ月間は、家庭の経済状況はほんの少しだけ余裕がありました。
生活保護には、勤労控除という制度があります。これは勤労に伴う必要経費を補填するとともに、勤労意欲の増進・自立助長を図る事を目的として作られました。

厚生労働省の公式サイトに、

被保護世帯に収入があった場合、世帯の最低生活費から当該収入を差し引いた不足分を保護費として支給するのが基本であるが、勤労収入を得るためには、勤労に伴って被服費や知識・教養の向上等のための経費が必要となることから、勤労収入のうちの一定額を控除する。

1 勤労控除の趣旨・概要

と明記されています。

なので、今までより約15,000円くらいは余裕があったようです。二十歳を過ぎて、勤労控除の事を母に聞いたのですが、この制度を全く知らなかったようで、しかも生活費がいくら上乗せ出来たかというのも覚えていませんでした。
本当に無頓着で無知だったようです。

色々な事があり、落ち着かないスッキリしない日々を送っていました。

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