毒親に振り回された男の記録④「どちらに付いていくか、運命の選択」

毒親育ち

両親が話し合いをすることになり、別れることは決定的になりました。そうなると、私と弟はどちらかに付いていかなければなりません。
居間で話をすることになり、私と弟は兄弟共用の部屋で待つことにしました。

話し合いがはじまって約30分後、部屋に母がやってきて、弟が居間に連れて行きました。10分もしないうちに戻ってきました。
どうやら、母が連れて行く事を告げたようです。弟は当時、小学3年生でした。まだ幼いので父には育てていくことが出来ないということで母方に付くようになりました。

弟と入れ替わりで私が居間に行きました。どちらに付いていくか聞かれた時、「お母さんに付いていきたい」と答えました。
私に関しては長男ということもあり、父も母も連れて行きたかったそうです。

父は私に「お父さんじゃ嫌か?」と何度も聞いてきました。その度に、「お母さんがいい」と答えました。
何故父が嫌なのか聞かれたので、「何も悪いことをしていないのによく怒る」「いつもだらしない」などと、普段から感じている父の印象について答えました。

父は涙を流していました。まさか、私が母に付くなんて想像していなかったようです。自分が今までやってきたことを棚に上げていたのでしょうか、感性を疑いました。

この4ヶ月前、初詣に家族で神社に行きました。帰る途中に鍋料理を食べて帰りました。家に着くと、弟が「お腹が痛い」と泣き出しました。トイレに行って、母に介抱されていました。私はそばで見るだけしか出来ませんでした。

父はそんな私を見て、「お前は長男なんだから、もっと弟に寄り添わないといけないだろ!」と怒鳴られました。
私は理不尽な怒られ方をしたので、「お父さんも親だったら、お酒なんか飲んでないで弟の心配しないの?」というと、血相を変えて「うるさい!口答えするな!」と、お尻を蹴られました。

痛くてビックリして、泣いてしまいました。母は直ぐに父に「何をしてるの!可哀想なことをしないで!」と言いました。
あの時は本当に腹が立ちました。反抗したかったけど小学5年生だったので、父に勝てないのは当然でした。自分が成長したら、いつか父と真っ向勝負しようと心のなかで誓いました。

その約一ヶ月後、私は虫垂炎になり、盲腸を切除する手術を受け、約半月入院しました。この期間に父が病院に訪れたのは、2回だけでした。母はほぼ毎日面会に来ていました。
当時は夜は消灯前までなら、家族の面会は可能でした。病院は駅から家までの途中にあるので、寄るのは容易い事でした。休日はというと、ゴルフばかり行って、全く来ませんでした。
冷たい応対をされたと感じ、「私のことを心配なんてしてないんだろうな」と思いました。

色々なマイナスイメージが重なって、付いていきたいという気持ちは1ミリもありませんでした。

とりあえず、父が家を出ていくことは決定しました。直ぐに離婚という訳ではなく、とりあえず別居という形を取ることになりました。

父と離れて暮らしていくことになり、私の心の中は凄く晴れやかになりました。

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