毒親に振り回された男の記録③「予想通りの告白」

毒親育ち

小学6年生の頃、修学旅行で楽しい時間を過ごした翌日、母から「話がある」と言われました。
この日は振替休日で、父は出勤して弟は小学校に投稿していたので、母と二人きりでした。

特に怒られるような事をした記憶がなく、「なんだろう」と待ち構えていました。
母は深刻な表情で、「お父さんと別れるから」と言われました。父には前日に弟と私が眠りについてから告げたそうです。

突然の告白でしたが、「いつかは別れる事になるだろうな」と思っていたので、特に驚きはありませんでした。
「もう、お父さんとやっていけない」と言われ、「分かった」と答え、話は終わりました。

父と別れるとなると、絶対に付いて行きたくないと思いました。父は凄く自分勝手でだらしない人でした。仕事をサボる、サボって朝から酒を飲む、お風呂に入らない、など本当に尊敬できる所がありませんでした。

八つ当たりのように意味もなしに怒られることがよくありました。怒鳴られる事が多く、時には叩かれたり蹴られたりもしました。
その度に悔しくて辛い思いをしました。

そして、極度の面倒くさがり屋でして。家のテレビはリモコンのないテレビだったので、チャンネルを変える時に父がテレビのそばにいるのに離れた所にいる弟や私を呼んだりして、自己中心的でした。

酷い思いをしてきたので、「やっと父と離れられるのかな」と思い、嬉しい気分になりました。

しかし、「別れるとなれば、希望通りに母に付いていけるのだろうか。弟も母に付いていくとなれば、どちらかが父に付いていかなければいけなくなるのだろうか」と、杞憂していました。

それからは、父の様子が少しだけ変わりました。それまで母にはキツく当たり毎日と言っていいほど怒鳴っていましたが、回数が少なくなりました。

この頃の家の中は、父が帰ってくると冷たい空気が流れているような雰囲気になりました。父が母に話しかけてもまともに応答していませんでした。そして、愛想のない応答が続くと、父は我慢できなくなって怒鳴る事がありました。そうなると母は「もうアンタと別れたいのに話しかけるな!」と言い、「これから気持ちを改めるっと言ってるだろ!」と言い返していました。

こんなやり取りを聞かされて、本当に嫌な気分になっていました。父が不在の時はのびのび過ごせていましたが、父が帰ると嫌な気分になっていました。
こんな状況がずっと続いていたので、「早く別れて欲しい」と思いました。

父が家にいる時、夜の時間帯でも母に散歩に連れられました。出来るだけ父と一緒にいたくなかったようです。晩御飯の時、私達はリビングのテーブルで食べていましたが、父はテレビの近くのソファで食べていたので、食事が出来ると私か弟に運ばせるようにしていました。

家の中は非常に殺伐としていました。「早くこの環境から抜け出したい」と思い、学校や帰ってきてから友達と遊んでいる時が息抜きや気分転換になっていました。そのため、夕方になって家に帰るのが凄く億劫でした。

このような状態が続き、約一ヶ月が経った頃、両親は話し合いをしていました。もう、別れることを前提とした内容でした。
今後の事や私達息子をどうするかを話し合っていました。

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