毒親に振り回された男の記録②「嵐の前の静けさ」

毒親育ち

私は4人家族の長男として育ちました。家族構成は両親と3歳離れた弟です。
父は営業職のサラリーマンで、母は専業主婦でした。

幼い頃は両親の仲は悪くはなかったと記憶しています。不仲になりだしたのは、母方の祖父が亡くなってからだと思います。それまでは母に対しては優しく接している時があったようですが、祖父が亡くなってからはキツく当たるようになっていきました。

父は徐々に怒る事が多くなりました。突然怒られる事が何度もあり、八つ当たりそのものだったと思います。
暴力を振られたことも何度かありました。父の機嫌が悪い時に反抗的な態度を取ると蹴られたり叩かれたりしました。悪いことを何もしていないのに、理不尽な理由で暴力を振られていました。

父は本当にだらしのない人でした。営業職で、会社に出勤せずに朝から直接お客さんの所に行くことがあり、それを利用してお客さんの所に行かないのに出勤せず、ずっと家に居てサボっている時がありました。
時々、会社から電話があり、私と弟に電話に出るように命令し、会社からだったら「いないと言え」と言われました。取引先に直行直帰していると偽ってサボっていました。

そして、いつも家に居る時はお酒を飲んでいました。会社から帰ってきたら、白米を食べずにおかずを酒の肴にして、ダラダラと飲んでいました。休日やサボってずっと家に居る時は、朝から飲んでいました。
いつも酒臭かった印象がありました。

生活全般ダラダラしていて、お風呂に入らない日も多かったです。週に一回程度しか入らなかったと思います。あまり汗をかかない体質だったようですが、それでも外出すれば多少の汚れが体に付着するのに、そんな事を気にせず、酒を飲んで直ぐに寝る生活を送っていました。

時々家族で出かける事がありましたが、外食する時も必ずお酒を飲んでいました。「僕も何か飲みたい、ジュースを飲みたいなぁ」なんていうと、「店のジュースは我慢しろ!」と言って、飲ませてもらえませんでした。「自分こそ、家で飲むより高いはずなのに」と思い、いつも納得できませんでした。

そんな父を幼い頃から見ていて、尊敬できる所は全くありませんでした。

父の勤務先は中小企業でしたが、30代で課長の役職に就いていました。そのため色んな取引先に出向く機会が多く、出張で家を空ける日が多かったです。
出張の日は、厄介者がいなくなって、いつも清々しい気分になっていました。理不尽に怒られることもなく平穏に生活できました。
出張から帰ってくると、いつも残念な気持ちになっていました。

私が小学5年生の頃から、両親は喧嘩が絶えなくなりました。意見の食い違いが多くなり、よく怒鳴り合いをしていました。そんな様子を見ていて子供心ながらに、「いつか別れそうだな」と感じていました。

小学6年生になり、修学旅行がありました。広島へ行き、楽しい思い出づくりができました。その翌日、振り返り休日となりました。
「今日はどうやって過ごそうかな?友達と遊ぼうかな?」と、いろいろ考えていたら、母に「話がある」と告げられました。

ここから私の人生は思わぬ方向に向かっていきました。

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