完済まで12年かかった借金返済記⑦「順調だった返済がピンチに」

借金返済

借金返済生活に入り1年近くが経った頃、会社を辞める事になりました。会社と言っても個人事業主の下で働いていたので会社に該当しないかもしれませんが…

辞めるきっかけとなったのは、店長夫婦との人間関係が悪化したのが原因です。辞める経緯については借金から大きく外れるので、後日このブログに書いていこうと思います。

辞める原因は店長夫婦に原因があったので、退職理由は会社都合ということになりました。退職金代わりに給料一ヶ月分をもらい、そして会社都合なので失業保険は申請してから一ヶ月後に支給されました。

この時の私の毎月の出費は、自動車学校のローン16,000円、携帯電話代7,000円、消費者金融【L】5,000円、【AC】4,000円でした。そして、車を所有していたので、毎月のガソリン代が平均で10,000円くらいでした。合計42,000円は掛かっていたと思います。

現在はLINEやFacebookメッセンジャーで無料で通話が出来ますが、当時はLINEアプリはおろかスマートフォンもなかった時代です。携帯電話の通話料は凄く高かったです。

失業中に42,000円は結構痛かったですが、なんとか賄う事が出来ました。
この時は車のローンが残っていました。車を買う時に前の職場の店長の奥さんが肩代わりして支払ってくれていたので、無利子の個人ローンでした。退職する時に、「残りのお金は毎月支払っていきます」と言いましたが、店長奥さんは私の退職の原因が自分たちにあると感じ、「返さなくても良い」と言われ、ローンがチャラになりました。借りる時に借用書に名前を記入し印鑑を押しましたが、その借用書を渡されました。毎月12,000円返済していたのでこれだけの金額が浮くと、毎月の支払いが楽になりました。

失業してから転職活動を始めました。まず、スーツと靴を買うことにしました。夏場だったので、夏物のスーツを持っていませんでした。そして革靴は長いこと履いていなかったので、革がボロボロと剥がれていて使い物になりませんでした。そのため新調せざると得ませんでした。

出費が重なってしまい、早く内定をもらえるように頑張ろうと決意し、転職活動に励みました。
ハローワークで求人票を見たり、求人雑誌を買ったりしました。そして、合同就職説明会に参加して自分に適した企業を探したりしました。

自分に合いそうな企業に応募し、いくつか面接を受けました。面接では手応えがあったものの、不採用が続きました。
当時、日本はバブルが崩壊してから数年が経っていた頃で、不景気の真っ只中でした。そして前年に山一證券が破産し、多くの企業は経営に慎重になり、経費削減の為に人件費削減をしてリストラを敢行するようになりました。

リストラが頻繁に行われると、失業者が増えていきます。そして企業は雇用をしなくなり、求人件数が少なくなっていきます。求人倍率は1倍を切っていました。
少ない求人枠に沢山の失業者が応募し、採用されるのは至難の業となっていました。

実は就職活動を始めて一ヶ月弱に内定をもらい、働くことになっていました。その会社は通信関係の下請で、職種は営業でした。聞く所によりますと、企業に飛び込み営業がほとんどでした。

面接は4名ほど合同で行われました。履歴書を提出して、それぞれ名前と簡単に経歴を説明しました。その後、会社や仕事内容の説明がありました。そして、「今日は皆さんを採用します」と言われ、内定が決まりました。「こんな簡単に決まるものなのかな」と拍子抜けた気分になりました。

内定をもらい、出勤することになりました。出勤しますと、10名ほどの社員がいました。初日は研修でした。研修内容は、営業のやり方やセールストークなどのレクチャーでした。セールストークは一方的に契約を押し進める感じで、結構強引に感じました。

会社の風景を見ていると殺伐とした感じがして、良い雰囲気には見えませんでした。面接を思い出してみると即決だったので、どことなく違和感がありました。
「多くの企業が採用に慎重になっているのに、このご時世に即決するということは、定着率がかなり低いのかな」と思いました。
不信感が募ったので、翌日に電話をして、入社を断りました。

「即決の会社には何か大きな理由があるんだな」と思いました。
また、転職活動を再開することとなりました。

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