完済まで12年かかった借金返済記⑮「居場所がなくなり仕方なく…」

借金返済

前回のブログでお伝えしましたが、職場での立場がなくなり毎日居づらくなってしまいました。
挨拶をすると無視され、他の人がしたミスを私の責任にされたり、辛い状況が続いていました。

職場はほとんどの人がコネで入社した人ばかりでした。中には息子を紹介して入社させたりする人もいました。そのため、面接を受けずに入る人もいました。
私は求人広告を見て応募したので、何のコネもありません。後ろ盾のない私に上司は遠慮なしに言いたい放題でした。

精神的に追い詰められ、また体調不良になっていきました。出勤しようと思うと身体が拒絶反応してしまい、また休むようになってしまいました。
「これ以上働くのは無理だ」と思い、退職を決意しました。

退職する時もダメ出しをする人が何人かいました。私が他の社員から冷たく対応される原因になったのは、「誰にも言わないから、社員たちについて思っていることを俺に吐き出せ」と言って、私が言ったことを膨らませて社員達に暴露した総務の上司に原因があったと思います。

上司や先輩以外に不信感がありました。本来なら試用期間3ヶ月を経て正社員になれるはずでしたが、会社が親会社に合併吸収され、そしてアルバイトとして雇用されることになりました。その間は、社会保険は全くありませんでした。
そして9ヶ月後に準社員として雇用されることになりました。社会保険は完備されましたが、ボーナスはなく、寸志が支給されることになりました。求人広告の説明の通りだと、ボーナスを満額で貰えていたので、騙された気持ちをずっと抱えていました。

職場で不遇な時期を過ごすようになってから、ストレスがかなり溜まっていたので、浪費癖がかなりついていました。毎日携帯電話の音声チャットサービスを使って不特定多数の人達と話したり、キャバクラに行ったり、美味しいものを食べに行ったりして、今思えば当時の私にとって、無駄なものにお金をかけていたと思います。
生活費と携帯電話の支払いなどの出費もあり、消費者金融の融資限度額最大まで借りることになりました。

無職なのに後先のことは考えず、無駄遣いをしていました。この時は返済について深く考えず、「どうにかなるだろう」と、安易な気持ちでお金を使っていました。

退職して直ぐに転職活動を始めました。相変わらず求人倍率は低水準のままでしたが、前回活動した時よりは回復していました。そして、約1ヶ月後に内定が決まりました。仕事内容は工場での作業でした。精密機器の製造で、細かい作業が好きな私にとっては、うってつけの仕事でした。

仕事に慣れて、ようやく腰を据えて仕事が出来ると思いました。

融資限度額最大まで借りたので、負債額はL50万、AC50万、PR50万で150万円になりました。毎月の返済はL15,000円、AC15,000円、PR12,000円で、42,000円となっていました。

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