完済まで12年かかった借金返済記②「借金の元々のきっかけ1」

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私が借金をしたきっかけは、当時自動車学校へ通っていて、何度か技能講習を休んでしまい、休んだ分の教習代を捻出する為でした。

その頃私は22歳のフリーターで、就職活動をしながら日雇い派遣で働いていました。レギュラーで入れるようなアルバイト先も考えましたが、入社試験や面接が入ると休みづらくなりそうなので、自分の都合に合わせて働けそうな日雇い派遣を選びました。

そのため収入は不安定で、しかも派遣先への交通費は自己負担だったので、残るのは少額でした。

そして当時は母と弟と三人暮らしでした。私が小学6年生の頃に両親が離婚したので、母子家庭の環境でした。母は働くのが嫌だったのか、ずっと無職の状態が長く続いていました。私が大人になるまで生活保護を受けていました。

母親については、なかなかの毒親っぷりなので、またいずれこのブログに投稿していこうと思います。

弟は高校を卒業してから就職浪人で、私と同じように就職先を探しながらアルバイトをしていました。

私は専門学校を卒業してから就職したものの、体調を悪くしてしまい、退職せざるを得なくなりました。ちょうどその頃は就職氷河期と呼ばれていた頃で、団塊ジュニア世代の私達にとっては、内定先を掴むには容易いことではありませんでした。

専門学校へは新聞奨学生をして学費を全額自分で稼いで通いました。自宅を離れて近くの新聞店で住み込みをしながら働きながら通学していました。

最初に就職したのは新聞店のオーナーに、オーナーの知人が経営している建設会社を紹介してもらい、コネで就職しました。その建設会社は大企業ではありませんでしたが、私の地元の県内では結構有名な会社でした。

就職できたものの、私の希望の職種とは全く異なる所でした。私はIT関係の学校に通っていたので、プログラマーやシステムエンジニアになれなくても、コンピュータを使う仕事に就きたいと思っていました。

オーナーから建設会社を紹介してもらい、事務職を頼んでみると言われました。事務職ならパソコンを使う事が多いので、理想に近い職種でした。

しかし、紹介されたのはガスの配管を行う仕事で、主に工事現場での仕事となります。私は体力的に自信がなかったので、断ろうと思っていました。新聞配達も体力が必要でしたが、走ったりする持久力はあったものの、肉体労働には自信がありませんでした。

しかし、紹介してもらった手前、断るのは失礼かと思い、入社試験を受けました。

試験は筆記試験はなく、面接のみでした。コネでの面接なので、簡単に終わりました。そして、内定が出て入社することになりました。

次回は、入社してからの事を書いていこうと思います。

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